物件に辿り着くまで その1

前回までは盛岡を選んだ理由をお伝えしましたが、
今回は実際の物件に辿り着くまでのお話をしましょう。
今回も数回シリーズで。

盛岡通いの始まり

盛岡でゲストハウスを開きたい!
と思ってから、長い休みをもらって実家に帰省する際、
そのうちの数日は盛岡に滞在するようにしました。
同じ岩手県といっても、実家のある一関と盛岡は90km離れているので、
日帰りにはキツイ距離。

というわけで、結果的に盛岡に何度も宿泊することになるのですが、盛岡中心部の低価格帯の旅館やビジネスホテルはかなりの数泊まったので、同業に近い他社を知るいい機会になったのではないかと思います。

物件探しの始まり

さて、具体的に物件探しの話をしていきましょう。
実は初めに盛岡に行った時から物件探しを始めていました。やったことは次の2つ。

①街を歩きながら不動産屋を見つけたら入って、ゲストハウスをやりたいことを伝え、間取りや家賃の希望を伝え、名刺を渡す
②街を歩いて空き家を見つけたら隣家の人に持ち主を聞く

①に関してはホントに不動産屋を見つけるたびに入りました。たぶん数日で20 軒程度は入ったのでは。
具体的に物件を見せてもらうことはありませんでしたが、
その後連絡を取り合う不動産屋さんもいたので、
ここから物件につながる可能性もあったと思います。

②に関してはホントに難しい。
隣の人に聞いてもだいたい「Aさんは亡くなって息子さんは東京にいるからね」みたいな話で終わってしまう。

初回は盛岡でゲストハウスをやりたい!
と強く思ったところでほぼ終了だったのですが、
一つ大きな収穫がありました。
それは鉈屋町にある「町家サロンピッピ」で吉田真理子さんと出会ったこと。

鉈屋町を歩いた時にたまたま目についたお店に入ったのが「町家サロンピッピ」
どんなお店か、誰がいるかも知らずに入りました。
なぜ入ったのかは覚えていませんが、お店の方に物件をどうやって見つけたか聞きたかったのかもしれません。

お店に入ると若い女性が出てきたのですが、
席を案内されるとすぐに奥に引っ込んでいきました。
間もなく別の女性が出てきて、ボクの話を聞いてくれました。
それが真理子さんでした。
ボクが何か話したわけでもないのに、店員の方が
「おもしろそうな人が来た。」
と真理子さんに伝えたそうです。

今考えると、普段ピッピに来る客層と明らかに違う僕が入ってきたので、
何かあるかもしれない、と店員さんが思ったのかもしれません。

思いがけず話を聞いてくれることになったボクは
盛岡でゲストハウスをやりたいこと、
できれば肴町を中心とした紺屋町、八幡、鉈屋町のエリアでやりたいこと、
などを伝えました。


真理子さんもいろいろ聞いてくれたので、
一関出身で九州のゲストハウスで働いていること、
そろそろ岩手に戻るタイミングになっていることなど、
いろいろなことをお話ししました。

真理子さんも自分のことを話してくれて、
盛岡でラジオに出ていることや鉈屋町の町づくりを頑張っていること、
町内の高齢化を憂えていることなどお話ししてくれました。

若い人に鉈屋町に入ってきてほしい(ボクが若いかは置いといて)、
とも言われましたが、初めて盛岡に来たボクの距離感からすると
町家が残り、湧き水や趣のあるお寺があって雰囲気はすごくいいものの
鉈屋町はアクセスが若干悪い気がして前向きではなかったことを覚えています。

真理子さんとはそれ以降も折に触れ連絡を取り合い、
ボクが盛岡に行った時には立ち寄ってお話しするようになりました。
これが物件探しに後に大きな影響を与えるのですから、
人生ってホントにわからないものですね。

→その2に続く

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